社会福祉法人の理事・評議員・監事の役割と法的責任

社会福祉法人の理事・評議員・監事に就任すると、「名前だけ貸す」「単なるボランティア」では決して済まされない、重い法的責任を負うことになります。
近年、社会福祉法人制度の改革が進み、ガバナンスの重要性が増すなかで、
「評議員や監事にも、本当に損害賠償責任が及ぶのか?」
「『善管注意義務』と言われても、具体的に何をすれば良いのか?」
といった疑問や不安の声を、現場でよく耳にします。
役員の責任は、決してリスクだけではありません。法令を正しく理解し、一人ひとりが役割を果たす適切なガバナンスこそが、法人を不正や経営リスクから守り、地域社会からの信頼性を高めるための「土台」となります。
本記事では、社会福祉法人のガバナンスの全体像を押さえたうえで、
- 理事
- 評議員(評議員会の構成員)
- 監事
それぞれの役割と法的責任(義務、損害賠償、刑事罰など)、そして実務で果たすべきことを、具体的なシナリオも交えながら分かりやすく整理します。
Contents
1. 全員に共通する大原則:委任契約と「善管注意義務」
まず最も重要な原則は、社会福祉法第38条が、社会福祉法人と評議員・役員(理事・監事)・会計監査人との関係を「委任」に関する規定に従うと定めていることです。
これにより、民法644条の「受任者の善管注意義務」が適用され、理事・評議員・監事らは、社会福祉法人に対して、『善良な管理者として通常期待されるレベルの注意義務(善管注意義務)』をもって職務を行う必要があります。この義務は、常勤・非常勤、報酬の有無にかかわらず、役員・評議員である限りすべての人に課されるという点が極めて重要です。
各機関の役割(全体像)
社会福祉法人のガバナンス構造は、各機関が牽制し合うことで成り立っています。
- 評議員会
- 法人運営の基本ルール(定款等)や決算の承認など、重要事項の最終決定を行う議決機関。役員(理事・監事)の選任・解任なども担い、理事会を監督する立場にあります。
- 理事会
- 法人の業務執行に関する意思決定機関。評議員会で決められた方針に基づき、具体的な事業運営を進めます。理事長の選定・解職も行います。
- 理事長
- 法人を代表し、理事会の決定に基づき業務を執行します。
- 監事
- 独立した立場から、理事の職務執行や法人の財産状況を監査し、不正や法令違反があれば理事会や評議員会に報告します。
法人運営の根幹事項を決定
→
必要に応じて理事会・評議員会に報告
2. 理事の役割と法的責任
2-1. 理事の基本的な役割:業務執行の決定と監督
社会福祉法人の理事の主な役割は「理事会の構成員」として、以下の職務を担うことです。
- 法令・定款、そして評議員会の決議を遵守し、法人のために忠実に職務を行う(忠実義務)。
- 理事会に出席し、法人の業務執行方針を決定する。
- 理事長や他の業務執行理事の職務執行を監督する。
理事長は、社会福祉法人を代表し、業務に関する一切の裁判上・裁判外の行為を行う広範な権限を持っています(社会福祉法第45条の17)。
2-2. 理事に課される義務:特に重い「忠実義務」
理事には、善管注意義務に加えて、より重い「忠実義務」が課されています(社会福祉法45条の16)。これは、「自分や関係者の利益」ではなく、常に「法人の利益」を最優先に行動しなければならないという義務です。
また、理事が自分やその親族と法人の間で取引(利益相反取引)を行う際には、理事会で承認を得なければならず、その理事は議決に参加できません。
2-3. 理事の損害賠償責任(任務懈怠責任)
理事がこれらの義務を怠った場合、法人や第三者に生じた損害を賠償する責任を負う可能性があります(社会福祉法第45条の20、21)。
- 法人に対する損害賠償責任(45条の20)
- 理事が「任務を怠った」ことで法人に損害が生じた場合に負う責任です。「任務懈怠」とは、善管注意義務や忠実義務に違反する行為・不作為を指します。
- 第三者に対する損害賠償責任(45条の21)
- 職務を行う上で「悪意または重大な過失」があった場合、取引先などの第三者に生じた損害も賠償する責任です。
ありがちな具体例:理事の責任が問われるケース
理事長が独断で行った不適切な高額支出の議案に対し、理事会で内容をよく審議せず「理事長が言うなら」と安易に賛成・追認してしまい、法人に損害を与えた。
→ この場合、賛成した他の理事も「理事長への監督義務を怠った」として、連帯して損害賠償責任を負う可能性があります。
3. 評議員の役割と法的責任
3-1. 評議員・評議員会の役割:法人運営に係る重要事項の議決機関
評議員会は、理事・監事の選任・解任や定款変更、決算の承認など、法人運営の根幹に関わる事項の最終決定を行う、必置の議決機関です。理事会のように「業務を執行する」のではなく、執行部(理事・監事)を監督し、重要事項を承認するのが主な役割です。
社会福祉法第45条の8は、評議員会が決議できる事項を「法律に規定する事項」と「定款で定めた事項」に限ると定めています。具体的には、次のようなものが代表的です。
- 法律で評議員会の決議を要するとされている事項
(役員・会計監査人の選任・解任、計算書類(決算)の承認、定款変更、解散・合併の承認 など) - 各法人の定款で「評議員会の決議事項」として追加された事項
(基本財産の処分、役員報酬等の支給基準の承認 など)
このように、評議員会は「何でも決められる最高機関」ではありませんが、法人の基本ルールとガバナンス体制を決め、理事会の運営結果を最終的にチェックする要の機関であることは間違いありません。
したがって、評議員一人ひとりには「最終判断者」として、資料を読み込み、質問し、自らの責任で賛否を判断する姿勢が求められます。
3-2. 評議員個人の義務と責任:「名ばかり」では済まされない
評議員も、法人と委任関係にあるため、善管注意義務を負います。評議員会に出席し、理事会から提出された議案(決算報告や役員候補者など)の内容をきちんと理解し、法人のために適切に判断・議決する責任があります。
ありがちな具体例:評議員の責任が問われるケース
理事会から提出された決算書や事業報告書について、内容をよく読まず、質問もせずに「よく分からないから賛成しておこう」という態度で議決に参加した。しかし、その決算書には重大な会計不正が隠されていた。
→ このような無関心な態度や形式的な賛成は、評議員としての善管注意義務違反と判断され、法人に与えた損害の賠償を求められるリスクがあります。
評議員も、任務を怠れば法人に対する損害賠償責任、悪意・重過失があれば第三者に対する損害賠償責任を負うことが、法律で明確に定められています(社会福祉法第45条の20、21)。
4. 監事の役割と法的責任
4-1. 監事の基本的な職務:独立した立場からの「監査」
監事は、理事や職員を兼ねることができない独立した立場から、適正な法人運営を確保するための「監査」を担います(社会福祉法第45条の18)。
- 業務監査:理事の職務執行が法令・定款に従って正しく行われているか監査する。
- 会計監査:法人の財産状況、会計処理、計算書類などを監査する。
- 報告義務:監査の結果、不正や法令違反、著しく不当な事実を発見した場合は、理事会、そして評議員会へ報告する義務があります。
- 差止請求権:理事が違法な行為をしようとしている場合、その行為をやめるよう請求できます。
4-2. 監事に求められるのは「形式」より「実質」の監査
監事の監査は、単に書類を眺めるだけでは不十分です。善管注意義務を果たすためには、より踏み込んだ確認が求められます。
ありがちな具体例:監事の責任が問われるケース
長年にわたり特定の職員による現金の横領があったにもかかわらず、監事監査では預金通帳のコピーと帳簿の数字を突合するだけで、現金の在高確認や現場での確認を怠っていた。結果として、監査報告書で「適正意見」を出し続け、不正を見抜けなかった。
→ 形式的な監査は善管注意義務違反の典型例です。これにより法人に損害が拡大した場合、監事も損害賠償責任を問われる可能性が極めて高くなります。
監事も、理事・評議員と同様に、任務懈怠による対法人責任と、悪意・重過失による対第三者責任を負います。
監事の兼職禁止
社会福祉法人の評議員・理事・監事・職員は、法律上それぞれ兼職が制限されており、「監事が評議員を兼ねる」「評議員が理事を兼ねる」といった形は取れません。
- 監事側から見ると:
- 「監事は、当該社会福祉法人の理事又は職員を兼ねることができない」(社会福祉法第44条2項)
- 評議員側から見ると:
- 「評議員は、当該社会福祉法人の役員(理事・監事)又は職員を兼ねることができない」(社会福祉法第40条2項)
5. 共通の責任:民事・行政・刑事
5-1. 民事責任(損害賠償)
前述の通り、理事・評議員・監事は、任務を怠れば法人に対して(社会福祉法第45条の20)、悪意・重過失があれば第三者に対して(社会福祉法第45条の21)、損害賠償責任を負います。
5-2. 行政上の措置
役員の不適切な行為が発覚した場合、所轄庁(都道府県や市など)による指導監査、勧告、措置命令、業務停止命令、さらには法人の解散命令といった行政処分につながる可能性があります。
5-3. 刑事責任(罰則)
特に悪質なケースでは、刑事罰が科されることもあります。
- 特別背任罪(社会福祉法第155条):自己や第三者の利益のために法人に損害を与えた場合。
- 贈収賄罪(社会福祉法第156条):職務に関して不正な請託を受け、金品などを受け取った場合。
- 業務上横領罪(刑法第253条):法人の資金を私的に流用した場合。
このように、役員・評議員の立場には、民事・行政・刑事の三重の責任が伴うことを認識しておく必要があります。
民事 損害賠償責任
- 任務懈怠があれば、法人に対する損害賠償義務(45条の20)
- 悪意・重大な過失があれば、第三者に対する損害賠償義務(45条の21)
- 理事・評議員・監事いずれにも共通
行政 監督・処分
- 所轄庁による指導監査・報告徴収
- 勧告・改善命令・業務停止命令など
- 重大な場合には解散命令に至ることも
刑事 罰則
- 特別背任罪(社会福祉法155条)
- 贈収賄に関する罰則(156条)
- 業務上横領罪(刑法253条)など
6. 実務で押さえておきたいチェックポイント
法令上の義務を果たすため、それぞれの立場で最低限意識しておきたい実務上のポイントです。
6-1. 全員に共通する心得
- 会議への出席と事前準備:理事会・評議員会には必ず出席し、事前に資料を読み込み、疑問点を整理しておく。
- 「他人任せ」からの脱却:「理事長に任せておけば大丈夫」「よく分からないから賛成」は、責任放棄と同じです。自分の言葉で質問・意見する。
- 議事録の確認:決議内容だけでなく、審議の経過や質疑応答の要旨が正確に記載されているか、必ず確認する。
6-2. 理事として
- 健全な議論の確保:理事長の提案であっても、法人の利益にそぐわないと考えれば、勇気をもって反対・意見する。理事会が健全な議論の場となっているか常に意識する。
- 利益相反への感度:自分や親族に関わる取引など、少しでも利益相反の疑いがあれば、自ら申告し、議決に加わらない。
6-3. 評議員として
- 「最後の砦」としての自覚:理事会の決定を追認するだけの「ゴム印」ではありません。法人運営の最終決定者としての自覚を持つ。
- 役員候補者の適格性審査:役員の選任議案では、候補者の経歴や法人との関係性をよく確認し、適格性を厳しく判断する。
6-4. 監事として
- 現場・現物・現実の確認:監査は会議室だけで完結しません。事業の現場に足を運び、現物(現金、資産など)を確認し、職員の話を聞くことが重要です。
- 専門家との連携:会計や法律など、自身の専門外で判断が難しい場合は、ためらわずに外部の専門家(会計事務所や弁護士)の助言を求めることを理事会に提案する。
7. 事務局・事務職員のためのサポートポイント
事務局・事務職員は、理事・監事・評議員とは法的な位置付けが異なりますが、日々の事務を通じてガバナンスを支える重要な役割を担います。
法人ガバナンスは、役員・評議員だけで成り立つものではなく、実務を支える事務局・事務職員のサポートが不可欠です。事務職員として、以下の点を意識することで、法人のリスク管理と質の高い運営に貢献できます。
- 会議運営のプロフェッショナルとして
- 法令・定款に沿った招集手続き、論点を明確にした議案資料の準備、正確な議事録の作成を徹底し、役員が安心して審議に集中できる環境を整える。
- 情報のハブとして
- 監事監査や評議員からの質問に迅速・正確に情報提供できるよう、日頃から文書管理を徹底し、説明責任を果たせる体制を構築する。
- リスクの早期発見者として
- 日常業務の中で気づいた法令違反や不正のリスクの「芽」があれば、放置せず、監事や内部通報窓口に報告する。それは法人を守るための重要な役割です。
- 知識向上のサポーターとして
- 役員向けのガバナンス研修を企画・案内するなど、役員全体の知識と意識の向上を支援する。
8. おわりに:責任の理解が、法人を守る力になる
社会福祉法人の理事・評議員・監事は、重い法的責任を負う立場ですが、それは裏を返せば、法人の健全な運営と発展に深く関与できる、やりがいのある役割でもあります。
就任を検討している、あるいはすでに就任されている方は、本記事を参考に自身の役割と責任を再確認し、法令やガバナンスの仕組みを正しく理解した上で、自信をもって職務を遂行してください。その一つひとつの適切な判断が、法人の公益性と信頼性を高める大きな力となります。
| 区分 | 理事 | 評議員 | 監事 |
|---|---|---|---|
| 主な立場 | 業務執行を決める・行う側 (理事会の構成員/理事長は代表者) | 法人運営の根幹事項を決める側 (定款・決算・役員選任等の最終決定) | 第三者目線でチェックする側 (業務・会計の監査) |
| 主な義務 | ・善管注意義務 ・忠実義務(法人の利益を最優先) ・利益相反取引の適切な手続き など | ・善管注意義務 ・決算・定款変更・役員選任等の議案を理解し、 法人のために適切に議決する義務 | ・善管注意義務 ・実質的な業務・会計監査を行う義務 ・不正や法令違反を理事会・評議員会に報告する義務 |
| 責任が問題になりやすい場面 | ・不適切な取引を自ら行った/黙認した ・理事長の暴走を放置した ・内部統制の不備を是正しなかった など | ・内容を理解せず形式的に決算等を承認した ・不適切な役員候補を選任した ・不正の兆候を見過ごした など | ・帳簿チェックだけの形式的監査に終始した ・横領や不正支出の疑いを放置した ・不正発覚後も「適正意見」を出し続けた など |
9. 参考情報
- 厚生労働省「社会福祉法人制度改革について」:
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_13290.html - e-Gov法令検索「社会福祉法(昭和二十六年法律第四十五号)」:
https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC0000000045/ - 福祉医療機構「第3回:法人の内部統制の確立(社会福祉法人経営講座)」:
https://www.wam.go.jp/content/wamnet/pcpub/top/fukushiiryokeiei/syakaifukushi/syakaifukushi003.html - 東京都福祉保健局テキスト「Ⅶ 役員等の義務と責任」:
https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/fukushi/text4 - 滋賀県「社会福祉法人の各機関の役割と責任について」:
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5526336.pdf
10. 関連内部リンク
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