土地改良区/「形骸化」から「戦略」へ。信頼を勝ち取る予算書の作り方と説明のポイント

1. はじめに:あなたの土地改良区の予算書、形骸化していませんか?

総会で読み上げられる、数字の羅列。多くの組合員は「よくわからない」と感じ、事務局も「どうせ読まれない」と思っている。結果、大きな質疑もなく承認される…。あなたの土地改良区の予算審議は、そんな「形骸化」したイベントになっていないでしょうか。

この形骸化の裏には、2つの大きな問題が潜んでいます。
一つは、そもそも財政規律を意識した予算が作られていないこと。前年踏襲の数字を並べただけで、収入の範囲で支出を賄うという大原則が忘れられています。
もう一つは、組合員が予算書を読み解けないため、健全なチェック機能が働かないことです。

この状態を放置すれば、静かに財政は悪化し、いつか急な賦課金増額や施設の老朽化といった形で、問題が噴出します。

この記事では、予算書を単なる「儀式」から、土地改良区の未来を創る「戦略ツール」へと変えるための方法を解説します。財政規律に基づいた予算の作り方と、その重要性が組合員に伝わる説明のコツを学び、信頼される組織運営の第一歩を踏み出しましょう。

2. 予算書を「戦略ツール」に変える!「規律ある予算書」の作り方

承認される予算書の第一歩は、誰が見ても「わかりやすく」、そして「財政的に健全である」と理解できること。ここでは、土地改良区会計基準に基づいた、規律ある予算書を作成するための5つのステップを紹介します。

ステップ1:前年度の「財政診断」から始める

まずは、前年度の「予算」と「決算(見込み)」を比較し、自分たちの財政の健康状態を診断することから始めます。

  • 予算と実績の差異分析:なぜ差異が発生したのか?(例:予定外の修繕、補助金の内示額の変動など)根本原因を追究します。
  • 経常的な経費の洗い出し:毎年必ず発生する費用を正確に把握します。
  • 積立金の使途を確認:安易な赤字補填に使われていなかったか? 将来のための投資として、計画的に使われていたか? を厳しくチェックします。
  • 反省点の抽出:見積もりの甘さや無駄遣いがなかったかを洗い出し、次年度の改善に活かします。

この「財政診断」こそが、形骸化した予算編成から脱却するための第一歩です。

ステップ2:支出の「上限」を決める収入見積もり

土地改良区の収入は、主に賦課金と補助金です。これらを現実的に、かつ堅実に見積もることが重要です。

  • 経常賦課金:組合員数と面積、賦課単価を基に算出します。過去の滞納実績を考慮した「徴収率」を厳しめに設定し、楽観的な見積もりを避けます。
  • 国・県からの補助金:内示前の場合は、前年度の実績を下回る可能性も考慮し、保守的に見積もります。
  • 雑収入:預金利息など、過度に期待できない収入は最低限で見積もります。

ここで算出した収入合計額が、次年度に使えるお金の「上限」です。この上限意識を、予算編成の出発点とします。

ステップ3:「収入の範囲内」で支出の優先順位をつける

ステップ2で設定した「上限」の中で、どの事業にどれだけお金を配分するかを計画します。「支出ありき」ではなく、「収入ありき」で考えるのが鉄則です。

  • 支出を「投資」と「コスト」に分ける
    • 投資的経費(事業費):施設の長寿命化や災害対策など、将来の利益や安全につながる支出。
    • 消費的経費(一般管理費):事務所経費や人件費など、組織の維持に必要な支出。
  • 優先順位の決定
    1. 必ず発生する「消費的経費」を確保します。
    2. 残った予算を「投資的経費」に配分します。予算が足りなければ、事業の緊急性や重要性で優先順位をつけ、優先度の低いものは翌年度以降に延期するという厳しい判断も必要です。
  • コスト削減の徹底:すべての費目について、「もっと安くできないか」「本当に必要か」を問い直します。

もし、どうしても収入の範囲に収まらない場合は、そこで思考停止に陥ってはいけません。それは、前年踏襲の安易な予算編成では立ち行かないという現実を、組合員全員で直視し、問題意識を共有してもらうための、またとない機会となります。

「お金が足りない」という事実を、ごまかさずに提示すること。そして、「この重要な事業を諦めるのか、それとも、将来のために皆で少しずつ負担を増やすのか」という選択肢を組合員に委ね、議論に巻き込んでいくこと。

そのために、なぜお金が足りないのか(資材高騰、施設の老朽化など)を、誰にでもわかる直感的なデータや写真で示す準備をします。厳しい状況を正直に開示することは、総会を単なる承認の場から、組合員が当事者として経営に参加する「真の対話の場」へと変える、強力な一手となります。

ステップ4:「財政の健全性」が伝わる予算関連書類の作成

見積もりが固まったら、土地改良区会計基準の様式で書類を作成します。各書類が、財政の健全性を物語るストーリーの一部となるように意識します。

  • 収支予算書:収入の範囲内に支出が収まっていることを、まず全体像で示します。
  • 事業計画書:なぜその事業が必要で、かつ、それが財政的に持続可能であるかを説明します。
  • (補足資料)資金計画書:年間の資金繰りに無理がないことを証明します。
  • (補足資料)積立金の増減計画:やむを得ず積立金を取り崩す場合は、その理由と、将来どのように補填していくかの計画を明示します。

ステップ5:理事会で「説明責任」を共有する

総会にかける前に、必ず理事会で予算案を十分に審議します。なぜこの事業を優先し、なぜこの金額なのか。理事全員が、組合員からのあらゆる質問に対して、自らの言葉で説明責任を果たせる状態にしておくことが、総会を乗り切るための鍵です。

3. 総会を「儀式」から「対話の場」へ!「伝わる説明」の3つのコツ

どんなに規律ある予算書を作っても、その意図が組合員に伝わらなければ意味がありません。ここでは、総会で「納得と承認」を得るための3つのポイントを挙げます。

ポイント1:財政規律を「ストーリー」で語る

予算書が「よくわからない数字の羅列」で終わらないために、執行部の考えを「ストーリー」として語りましょう。「私たちの土地改良区は、将来に責任を持つ、健全な財政運営を行っている」という信頼のストーリーを語りましょう。

  • 現状の課題と将来のリスク:「近年、ゲリラ豪雨により〇〇排水路で浸水被害が起きています。このままでは、大切な農地が被害を受けるリスクが高まっています。」
  • 規律ある解決策:「そこで、今年度は〇〇排水路の改修工事を実施します。幸い、この費用は積立金に頼ることなく、今年度の収入の範囲内で計画することができました。将来に負担を先送りすることなく、安全対策を講じます。」
  • 信頼できる未来像:「この事業は、今後10年、20年先も安心して営農できる環境を守るための重要な一歩です。私たちは、このように一つ一つの事業を堅実な財政運営のもとで実行していきます。」

このように、「課題 → 規律ある解決策 → 信頼できる未来」のストーリーで語ることで、事業の必要性だけでなく、執行部の運営能力への信頼も得ることができます。

ポイント2:専門用語を避け、「お金の流れ」をビジュアルで見せる

「減価償却」「繰越金」といった言葉は使わず、「施設の価値の目減り分」「前年からの持ち越し金」のように平易な言葉に言い換えます。

そして、グラフや写真を使い、「お金の流れ」と「事業の必要性」を直感的に伝えます。

  • 収支バランスを棒グラフで示す:収入の棒グラフと支出の棒グラフを並べ、「収入の範囲内に支出が収まっていること」を視覚的にアピールします。
  • 老朽化した施設の写真を提示する:「こちらの写真をご覧ください。〇〇揚水機場は…(略)…。このまま放置すれば、将来さらに大きな出費につながるため、計画的な修繕が必要です。」

ポイント3:「厳しい質問」こそ信頼獲得のチャンスと捉える

総会での厳しい質問や反対意見は避けるものではなく、誠実さと準備を示すチャンスです。それに冷静かつ的確に答えることが、信頼を確固たるものにします。特に、財政に関する質問には、誠実に、数字で答えられるように準備しておきましょう。

  • Q:「結局、毎年赤字で積立金を取り崩しているのではないか?」
    • A:「ご指摘ありがとうございます。過去には、緊急の修繕等で一時的に積立金で補填した年度もございました。その反省から、本年度の予算案では収支均衡を徹底し、積立金に頼らない運営を実現しております。将来のための貯金である積立金を守り育てることも、私たちの重要な責務と考えております。」
  • Q:「もっと節約できる部分があるのではないか?」
    • A:「事務経費については、前年度比で〇〇円の削減努力を行っております。一方で、施設の安全管理に関わる費用まで削ってしまうと、将来かえって大きな損失につながる可能性があります。『守りのコスト』と『攻めの投資』を峻別し、メリハリのある予算配分を心がけました。
  • Q:「〇〇工事の金額が去年より大幅に上がっているが、なぜこんなに高いのか?もっと安い業者に頼めないのか?」
    • A:「ご質問ありがとうございます。〇〇工事については、昨今の資材価格の高騰に加え、今回は施設の耐久性を高めるための新工法を採用したことにより、単価が上昇しております。複数の業者から見積もりを取得し、価格の妥当性や技術力を比較検討した上で、最も信頼できる業者を選定いたしました。目先の安さだけでなく、長期的な維持管理コストを抑えるための最善の選択と考えております。詳細な見積比較表もございますので、後ほどご覧いただけます。」
  • Q:「事業費ならまだしも、一般管理費(特に人件費や事務経費)が増えすぎではないか?現場にもっとお金を回すべきだ。」
    • A:「貴重なご意見ありがとうございます。一般管理費は、補助金の申請手続きや組合員の皆様との連絡調整、法令遵守のための書類作成など、土地改良区の円滑な運営に不可欠な経費でございます。適正な管理業務が、結果として事業費の効率的な執行や、新たな補助金獲得による皆様の負担軽減にも繋がります。引き続き事務の効率化には努めてまいりますが、安定した組織運営のための必要経費として、ご理解いただけますと幸いです。」
  • Q:「この予算は単年度の計画に過ぎない。10年、20年先を見据えた長期的な修繕計画や財政計画はどうなっているのか?」
    • A:「非常に重要なご指摘、ありがとうございます。本予算案は、私たちが別途策定している『施設長寿命化計画』に基づいております。この長期計画では、今後20年間の施設の点検・修繕スケジュールと、それに必要な概算費用、資金の積立計画を定めております。今回の予算は、その長期計画の2年目に当たり、計画に沿って着実に事業を実行するものです。総会後、ご希望の方には長期計画の概要についてもご説明の機会を設けさせていただきます。」

準備ができていれば、慌てずに落ち着いて対応できます。誠実な態度は、必ず組合員に伝わります。

4. 明日から、あなたの土地改良区はこう変わる

これまで解説してきた「戦略的な予算編成」を実践することで、あなたの土地改良区は、単なる形式的な組織から、組合員に信頼される力強い組織へと生まれ変わります。その変化を、具体的な「Before → After」で見てみましょう。

観点Before(形骸化した予算)After(戦略的な予算)
予算書の位置づけ前年踏襲の数字を並べただけの「作業書類」未来への投資計画を示す「戦略書」
予算編成の起点「去年がこうだったから」という前例主義「収入はこれだけ」という現実主義
財政状況気づかぬうちに積立金が目減りする「緩やかな赤字」収支の範囲内で健全性を保つ「黒字基調」
総会の雰囲気質問の出ない、一方的な「報告会」活発な意見が交わされる「対話と合意形成の場」
組合員の意識「どうせ変わらない」という無関心・他人事「自分たちの組織だ」という当事者意識・参画意識
役員・事務局の役割毎年同じ作業を繰り返す「管理者」組合員の未来に責任を持つ「経営者」

この変革の先にこそ、組合員からの揺ぎない「信頼」という、土地改良区にとって最も重要な財産が築かれます。

まとめ:信頼こそが、土地改良区の最も重要な財産

予算編成と総会説明は、毎年繰り返される単なる「儀式」ではありません。組合員との対話を通じて、「私たちの土地改良区は、財政的に信頼できる組織である」という合意を形成する、最も重要なコミュニケーションの機会です。

  • 予算書を、未来を描く「規律ある戦略書」にする。
  • 総会を、組合員との「信頼を育む対話の場」にする。
  • 役職員を、未来に責任を持つ「誇りある経営者」にする。

これらのポイントを実践し、組合員からの「信頼」という最も重要な財産を築き上げてください。

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